インカ帝国展 マチュピチュ

今日は京都文化博物館でやっているインカ帝国展に行ってきた。
インカ帝国展

インカ帝国がいかに強大な帝国だったのか。
以下Wikiより

インカ帝国(インカていこく、スペイン語:Imperio Inca、正式名称:タワンティン・スウユ(Tawantin Suyu, Tahuantinsuyo))は、南アメリカのペルー、ボリビア(チチカカ湖周辺)、エクアドルを中心にケチュア族が作った国。前身となるクスコ王国は13世紀に成立し、1438年のパチャクテク即位による国家としての再編を経て、1533年にスペイン人のコンキスタドールに滅ぼされるまで続いた。最盛期には、80の民族と1,600万人の人口をかかえ、現在のチリ北部から中部、アルゼンチン北西部、コロンビア南部にまで広がっていた。首都はクスコ。

南北4,000kmにも渡る領地。
統治システムとして活用された総延長40,000kmのインカの道。
それに私が感心したのはインカ帝国でも「情報」を大切にしていたということ。
以下 Wiki から引用。

キープは単なる記号以上の複雑な体系を持ち、言語情報を含んでいることが近年の研究によって明らかにされている。王や役人は人民の統治に必要な情報などをキープに記録し、その作製および解読を行うキープカマヨック(キープ保持者)と呼ばれた役人がいた。キープカマヨックはインカ帝国統治下の各地におり、人口、農産物、家畜、武器など資源についての統計や、裁判の判例なども記録した。作製されたキープは、シャスキと呼ばれる飛脚たちによって運ばれた。キープそのものは計算の道具ではないため、Yupanaと呼ばれるアバカスの一種で計算した結果を記録する場合もある。インカ帝国にはキープを教える専門の学校が存在し、交叉型の分類、集計の混じった情報を扱うこともでき、数学的思考を可能とした。

やはり情報を制するものは国を制するということなのではないだろうか。
(情報の時代と言うけれど昔から情報は大事だったんだ)

ミイラの展示もあった。日本でミイラのCTスキャンをして研究をしているらしい。すごい話だ。
それにやっぱりマチュピチュって不思議。
あんな断崖な場所に石造りを都市が残っているなんて。
行く機会あるかな。太陽の神殿。見てみたい。

マチュピチュ

Wiki インカ帝国
Wiki マチュ・ピチュ

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